2021年11月 振り返り

11月が終わるといよいよ年末。2021年も残り1ヶ月だ。



10月に引き続き、11月に入っても東京の1日の新規感染者数が少ないままだった。
コロナ禍はもう落ち着いてきたのかと思った11月の終わり頃、新たにオミクロン株という感染力の強い変異株が南アフリカで発見された。日本政府が珍しく迅速に入国禁止措置を取ったが、すでに日本にもオミクロン株は入ってきていたようだ。これからまた緊急事態宣言になるのだろうか。

先月末に亡くなった祖母の葬儀と四十九日は11月中に済ませてしまった。

11月末には気温がだいぶ下がってきて、暖房をつけているとかなり空気が乾燥するようになった。また加湿器の出番。在宅勤務で座ったままじっとしていると足元が冷えるので、またパネルヒーターを使うようになった。
2021年1月 振り返り
2021年も1ヶ月経過した。新しい会社に所属して1ヶ月。ざっと振り返って現時点での気持ちを整理しておく。昨年12月の中頃から使い物にならなくなったEvernoteの代わりに、iPhoneのメモアプリに感じたことを記録するようになった...


そろそろ寝る時に電気毛布が必要かな。

ここ数ヶ月、この振り返り記事を書くのに時間がかかり過ぎていて、書き上がるのが翌月の中旬になってしまう。前からこんなに労力かかってたっけ?
強制的に字数制限して早く終わるようにした方が良いかも。


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仕事

11月は1度も出社しなかった。

また部署に新たに1人中途入社してきた。立派な経歴の人で、オイラと役割が近くなりそうなので少し嫉妬も混じる。コミュニケーションに積極的な人で、リモート越しでも自分のやっていることや考え・質問を即座に発信してくれるので、周りとしてもサポートしやすい。

オイラは思考に瞬発力が無く、自分の考えや疑問を言語化するまでに時間がかかってしまうので、なかなかあんな風に素早く行動できない。
オイラのコミュニケーションスタイルはだいぶ他人に甘えているかも。他人の話に割り込んで発言するのが下手で、ずっと黙って他人の話を聞き続けてしまうことが多い。
対面でもリモートでも、結局コミュニケーションは速く口に出した人がイニシアチブを握る感じはする。

一応、チャットなどのテキストコミュニケーションではなるべく文面を整理して簡潔に伝えようと心がけているけど、その結果オイラのチャット文面は淡白になりがちだ。もっと絵文字的なものを駆使した方がいいのだろうか。下手にやるとおじさん構文になりそうだが。

コミュニケーション

コミュニケーションに関して、「要求が理解できない」ストレスを未だ引きずっている。


2021年9月 振り返り
もう9月も終わり、2021年度が半分過ぎた。あっという間に年末が近づいている。9月に入ってから気温がだんだん下がってきて、冷房をつけなくても平気になった。夜暑くて寝苦しいことも減った。1年で1番過ごしやすい季節の到来。そういえば今年の...


知識やスキルの不足については、仕事を進めながら適宜補充していけば(それなりに大変だけど)済むのだが、要求・目的が理解できないとまともに着手すらできない。
最近、仕事で何を目指したら良いのか迷って手が止まってる時間が長い。元来オイラは割と迷いが生じやすい性格ではある。
迷いやすい性格を肯定的に解釈してみると、色々な選択肢を想定できるということ。何を任せても同じ手段で似たようなアウトプットになるよりはマシだと思っている。ワンパターンも独自路線を貫けばそれがブランドになる気もするけど。

自分なりに目的を仮設定して進めて、ある程度具体化してから見せても違うと言われるし、そこから以前聞いたのとは違う話が展開される。言っている当人は「前にも言った」と主張して、こちら側の非のように扱われる。
目的が分からないと自立的に進められないので、どんどん気持ちが冷めていく。自分なりに何か工夫を凝らすこともできず、ただ言われたことをやって見せてダメ出しされるのを繰り返すしかなくなる。
伝えるのが下手な人に付き合うのにうんざりしてしまった。

意図を上手く伝えられない人相手には段階的に少しずつ具体化しながらすり合わせていくアプローチを取るべきだが、分解した最初のステップの時点で拒まれてしまう。目標を下げたいのではなく、最初の一歩を定めたいだけなのに。

この人と接していて、自分自身の癖に気づいた。情報の断片だけで文脈が欠落すると誤解してしまうと思って、話を遮らずに最後まで聞こうとしてしまう。最後まで聞けばちゃんと理解できるだろうと期待して。
だが、黙って聞いていても話が終わることはなく、本人すら何を伝えようとしたのか分からなくなっていくようだ。自問自答できるタイプの人ではなく、他人を使って思考を整理しようとしているようにも見える。
他人のリアクションやアウトプットを見ながら、自分が何を言いたかったのかを探っているような。言語化の訓練を積んでいないとも言える。

オイラが過去仕事で接してきた人達の傾向として、上の年齢の人ほど1人で思考を整理・言語化できない人が多い。これは世代によるコミュニケーションの傾向なのだろうか。
その世代が「仕事」を習得した時代の働き方が影響しているのかもしれない。言語化・抽象化するまでもなく、思考よりも反射的に動くことが重視された時代。(想像だけど)

人の話を最後まで聞かずにさっさと切り捨てないといけない局面もあると学んだ。こちらがリアクションしない限り意図を引き出せない。ツッコミ待ちということ?

事前説明

会社員になってからは実際に仕事に取り掛かる前に、何をするのか、結果として何がアウトプットされるのかを説明して上長との合意を得てからでないと何も始められなかった経験から、目的を言語化する癖がついた。
逆に言うと、事前に言語化して説明できる範疇のことしか仕事ではやらないようにしていた。これは下っ端の宿命。まだ上手く言語化できないモヤモヤしたものを目標に労働力を使わせてもらえなかった。
事前に説明して方向性を合意しておかないと、上長やクライアントから余計な介入が増えるし、信用を得られず任せてもらえなくなっていく。任せてもらえないと、逐一命令されて手足の延長のような道具扱いされてしまう。「密なコミュニケーション」と称して逐一命令に従って手を動かすだけの状態はかなり辛い。知的労働させてもらえない。

学生時代、オイラが「職人」に憧れていたのは、他人に説明しなくても好きに(自分主導の尺度で)できる仕事だと誤解していたからだ。しかし、資本主義の世界で言う職人とは末端の労働者に過ぎず、その中で一目置かれる「匠」はごく僅か。ほとんどは資本家の手足として道具のように扱われる。

組織の一員、会社員である以上、集団としてのパフォーマンスが上がるコミュニケーションを心掛けたい。自分とは違う専門性を持った他の誰かの力を借りるには、それなりの頼み方がある。意図をキチンと言語化して他者の協力を得られるようにありたい。

組織の中で立場が上がるほど、権力を持つほど、意図を言語化せずに強制力で押し通せてしまうものなのだろうか。最近「誰々さんが思い描いているイメージを探る」ということにばかり時間を取られている。
下っ端のうちに言語化の重要性に気づいて意識できるようになったのプラスかな。

思考

作業しているうちに色々と思いつくのは否定しない。具体と抽象を行き来してこそ思考は深まる。意図と偶然の往復も。



だが、それを他人を手足としてやるのはどうなんだろう。「作りながら考える」タイプの人がそのまま「作らせながら考える」人になって言葉を疎かにするケースって世の中でも多いのだろうか。
抽象的なまま止まる、あるいは具体的なまま止まって思考が分断する。架け橋になる人が必要だけど、沢山の人を通じて抽象と具体を往復するのは難しい。伝言ゲームになっちゃうし。

技術者上がりであろうと、キャッチアップを止めるとどんどん頓珍漢になってしまう。人を経由して頼むのを続けるとどんどん実態がわからなくなっていく。実態からのフィードバックがない。実務者からすると、理解されないことをフィードバックする労力はただのストレスだ。
人に頼む仕事ばかり続けると、自分もあんなふうになってしまう気がする不安。大きなことを成すには頼むスキルが必要だが、頼むスキルに特化すると「実務者から見たら敵」になってしまう。

自分が考えたことを言葉で他人に伝えるのは難しい。最近「造語症」という言葉を知った。自分勝手な意味を主張する言葉は理解の手がかりにならない。すでに存在が認知されている物事に新たな名を付けるのと、まだ知られていない概念を勝手な名前で主張されるのは全然違う。
自身の思考を遡ることに興味が無い人の方が大多数だとは思う。でも、他人に伝えるためには引用元、発想の元ネタを示す必要がある。
自分自身の思考プロセスに自覚的でありたい。個人差を無視して無理矢理思考プロセスを同期して集団のパフォーマンスを潰したくない。


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新しい発想とは?

たまにある誤解で、前例を見ないようにすれば新しい発想が浮かぶと信じている人がいる。だが、前例を見ないようにするのと、前例に囚われないのは違う。
新しい発想とは「測り方を変える」ということであって、知識を疎かにすることではない。中身としては過去から着実に積み上がっているものだ。発想が新しいかどうかは過去と比較しなければ判断できない。過去と同じ尺度に縛られるな、という意味なら理解できる。
実現手段は過去からの積み重ねだ。その上にほんの少しだけオリジナルを乗せるんだ。無知故にアイディアのオリジナリティを信じ込むのはちょっと違うと思う。

情報の滞留

リーダー的な業務をしてみると、リーダーだけが上位会議に出席して情報を渡されることも結構ある。
その情報を持ち帰ってメンバーに伝えるわけだが、自分の表現力が無さ過ぎてメンバーに伝達出来ず自分だけに留まってしまうケースがある。結果としてリーダーだけが情報を独占しているような状態になってしまう。
オイラのコミュ力が低い故に情報の流れが停滞してしまう。リテラシーギャップがあり過ぎて伝達が滞ることもあるだろうけど。

権力勾配

権力勾配の上側にいる人は躊躇なく思ったことを口に出す。権力勾配の影響を減らすには、下っ端から積極的にコミュニケーションを取りに行った方が良いのかな。
オイラが権力勾配の上側にいる状況で、オイラが雑に放置したことで他の誰かを苦しめてはいないだろうか。自分が有利な立場だと知らずに、相手にかなり不利な条件を押し付けてしまうこともあると思う。

対面の方がやりやすい?

基本的にリモートで仕事をしているので、たまに「これは対面の方がやりやすいかも」と感じることがある。
この「対面の方が上手く行きそう」と思ってしまう理由について少し考えてみると、リモート越しの定型の枠の中で自分の考えを表現するスキルに乏しいということのような気がする。

リモートワーク以前から何か情報を書き出す際は、とりあえずExcelシートに書き込んでしまうやり方を避けるようにしていた。目的に対して枠・尺度の定義を間違えているかどうか検証しにくいからだ。表にするのは、扱う情報に相応しい並べ方をある程度吟味してからにすべきだ。

リモート越しのコミュニケーションだと、最初からデジタルのツールを介して情報のやり取りをすることになるので、扱う情報の性質を吟味する前に枠が規定されやすい。
本来まだ不定形な情報のものも、強制的にツールの定型枠に当てはめなければリモートで伝達できないことに不都合を感じる。リモートワークでは、対面よりも情報を定型化してから伝える必要があるのだ。
そして、オイラが「対面で伝えたい」と感じるのは、定型化の負荷を相手に負担させたい時、つまり相手に甘えたい時だ。

逆に言うと「枠」を破る必要のない限り、リモートでも事足りる。定型業務のほとんどはリモートで対応できるように思う。
問題は、定型にこなせるはずのことを定型外のコミュニケーションで押し通そうとする人がいることだろう。

定型化

仕事を集団で組織的に進めるということは、ある程度定型枠に当てはめることを意味する。
不定型を定型に落とし込むのが仕事と考えると、不定型のまま放り投げるのは果たして仕事なのだろうか。
オイラは定型枠に当てはめていく係だから、できない(当てはまらない)という返答もする。少なくとも相手に渡す前にある程度定型枠にハマりそうな形に分解しておいてあげたい。

言葉でコミュニケーションする限り、定型化は避けられない。既存の枠をベースに改造したものとして表現した方が伝わりやすいから、なるべく前例を集める。

人手不足?

1月に入社して以来、自分の部署だけでもオイラの後から6人も入社してきた。人材採用に積極的ではあるけど、指揮の悪さを人手不足に転嫁している節もある。
欲する人材はかけっこが1番速い人。道に迷ったところで目的地には速く到達できる。ここで必要なのはナビゲーターかもしれないのに。

指揮官のスキル不足を人手不足に転嫁した組織だけが求人を出している現実がある。前の職場でもそうだった。指揮するノウハウが最も継承されにくいように感じる。

ストレスの原因

先月、放課後・休日の時間も割いて進めていた仕事は結局、目的・目標設定の誤解があってリセットされた。肩の荷が降りた気もする反面、オイラのオリジナリティを発揮できる仕事が無くなってしまった。

仕事で感じるストレスは、要するに「新しい環境に慣れていないから」とまとめられるような気がしてきた。仕事上の悩みのほとんどは、今自分が置かれている状況が見えていないことで生じる。
自分が置かれている状況を冷静に見渡す余裕もなく、急かされて駆け足するしか選択肢が無いと思い込んでしまう。

急かされている時こそ、視点を変えてその状況を疑うべきではないか?
のんびり屋だと思われちゃうけど、「よく見てよく狙う」がオイラにできる成果の出し方だ。

辛い仕事も、期間限定で終わりがあると知っていると良い経験と思える。「1日体験ごっこ」のように一時的な体験なら、瞬間的に多少の無理ができて乗り越えられる。辛い仕事が永遠に続くと思うと絶望で肉体以上に精神にダメージを負う。

1年前を振り返って

1年前の今頃はもう退職前の有給休暇消化期間に入っていた。



有給で1ヶ月以上の自由時間がありながら結局大したことができなかったんだよな。

でも1ヶ月の自由時間は良い経験だった。転職してみて良く分かったが、オイラは前の会社・職場が嫌だったわけではなく、労働が嫌だったんだ(笑)
今の職場でもやっぱりストレスがあり、それは「労働者」でいることによるストレスなのだ。自分の時間を他人に捧げる生活が嫌だ。人生を労働に奪われることに納得がいかない。

生活

仕事で疲れているのか眼精疲労で閃輝暗点になった。去年までと比べると、単純に有給休暇をあまり取ってないからしんどいのかもな。
無性にフルーツを食べたくなって果物を買ってしまう。
全く運動しない生活サイクルが定着してしまっている。1人で身体を動かしている時は、その時頭にこびりついているモヤモヤを解消する方向に思考が進むのでストレスも軽減されるんだけどな。

お風呂にスマホを持ち込むようになってから、お風呂でテレビを見るようになった。



最近、乾燥機が2度かけないとちゃんと乾いてくれなくなってきた。そろそろ寿命かな。もう10年経ってるもんな。
かなり古い世代の機種でも大きく壊れない限り不自由なく使えていることに少し寂しさを感じる。つまり自分の使い方が全然先端ではないということだから。数年でアップデートしたくなるぐらいが理想。

趣味

年々、趣味で凝ったことをする元気が無くなっている。前の週末に何をやっていたのか忘れてしまう。

Amazonプライムビデオでコードギアスの劇場版4作と、亡国のアキトを見ている。コンテンツを消費するだけで何も生産的なことができていない。勉強も全然していない。
最近、暮らしに潤いが無さ過ぎるな。体力を回復するために睡眠を多めにとっているけど、気持ちを回復させる活動ができていない。

祖母の葬儀

10月末に亡くなった父方の祖母の葬儀も四十九日も11月中に済ませてしまった。葬儀も四十九日もちょうど休日だったので、特に休暇は申請せずに出席した。
夏物の喪服しか持っていなかったので、冬物の喪服を急いで購入した。普段フォーマルな格好をする機会がほとんど無いので、こういう時に慌ててしまう。

私事で仕事を抜ける時、そもそも抜けて周りが困るほど重要な役割を自分は担っているのかと気になり始める。オイラが抜けても平気だけど、その分オイラが居場所を失ってしまうような不安。皆勤していないと居場所が無くなりそうな感覚がある。
頻繁に休む休みで余計に都合をつけづらい存在になると何の役にも立たないような。

父方の叔母に会うのは2007年以来、14年ぶりだった。会う機会が少なかったので祖母との思い出はあまり無い。


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