毎年恒例、1年の振り返り。
もう毎年1年を振り返ってるけど、これは「心の大掃除」なのだと最近分かってきた。(物理的な大掃除はほとんどやらないのに)
定期的なアウトプット枠を決めておくと、それに目掛けて色々と整理できる。これも定型化の効能だ。アウトプット形式・ペースを定めて継続すると思考の解像度も上がる。
2021年はコロナ禍2年目。コロナ禍が日常化した1年だった。生活の苦労や先が見えない不安は減ったけど、今度は逆にパンデミックの終焉と共にこの生活も終わってしまうことを少し心配している。コロナ禍の自粛で人との出会いが減ったし、軽率に行動できなくはなったけど、面倒を避ける理由としても活用できていた。
2021年は転職して新しい会社で過ごした最初の1年でもある。この1年間、仕事はほとんど在宅時間だったので、去年よりも電気代が2万円以上多くかかってしまった。自宅を労働環境として整えようとするとお金がかかる。本来は生活空間・リラックスするためのプライベート空間であるはずの自宅に労働が割り込んできたことと、別の会社に移ってみてハッキリと実感したことがある。オイラは労働が嫌いだ。
自分の妄想を具現化したくて身に着けたスキルを、他人のために使う日々の違和感。稚拙な要求の意図を苦労して汲み取る労力。自分の人生を無駄遣いしているような気分になった。実際、もう年齢的に「若者」ではないし、社会人としても十分に中堅なのに成し遂げたことが何も無い虚しさ。昔「将来」と呼んでいた年齢にもう到達しているのに。
仕事
転職して違う会社に移って1年過ごしてみて、会社が違っても「会社員」に共通することは多いと実感した。前の会社での10年弱の経験はかなり活かせると分かった。今の会社で働いてみて、前の会社で案外良い経験を積んでいたのだと気づいた。
逆に、今の会社で「良い経験」つまり後々役立つような価値のある経験を積むことはできるのか、少し疑問に思い始めている。
今のところ、転職して明らかにプラスになっているのは賃金の面。昨年よりも年収は上がった。だが、前の会社にずっとい続ければ数年のうちに大きく昇給していたような気もする。(年功序列で、役割の区分が上級に変わる直前だったのだ)
年齢的な変化なのか、盲目的にガムシャラに働くようなことはできなくなった。急かされた時はむしろ手を止めて、その状況を疑う癖がついた。仕切りが悪いと労力は報われない。
ほとんど在宅勤務で通勤時間を気にしなくて良い分、労働時間はむしろ長くなった気がする。自分を仕事に縛り付けている時間が長くなり過ぎだのも疲労の原因だろうか。
生活
ほとんど在宅勤務になったことで生活面も変化した。
昼食をとらなくなった。夕食は電子レンジで調理するようになり、業務スーパーで冷凍のカット済み具材を買ってストックするようになった。結果として夕食の準備に時間がかかるようになり、夜ウォーキングやジョギングを全くしなくなった。
夕食を取りながらテレビのニュースを見るのが習慣になった。寝る直前はベッドに横になりながらスマホで動画配信サービスを視聴している。
お風呂に入るのが面倒に思えて、入らずに寝てしまう日が増えた。
この1年で得たもの
新しい職場では画像認識関連に一切触れず、基本的にCG系の仕事ばかりだった。今まであまり触れてこなかった物理シミュレーション関連の知識が増えた。連立一次方程式を行列計算で解くのにだいぶ慣れたぞ。
仕事で必要だったのは特定の論文の理解と再現実装だったが、後から入門書を購入して分野の全体像の知識を補充した↓
この他、仕事で知識が必要になって手当たり次第書籍を購入した。書籍が増え過ぎて本棚に収まらず、床に積んだままになっている。できればこの1年で購入した書籍を振り返っておきたかったけど、ほとんど読めていないので断念。。
メインで関わった仕事は色々な事情でお蔵入り状態で、外に示せる実績は皆無。入社した当初に少しだけお手伝いしたプロジェクトはリリースされたけど、ほぼ貢献していないので微妙な気分。
逆に機械学習関連の知識からは遠ざかり始めている。仕事を通じてGANやNeRFに詳しくなりたいのに。
趣味で勉強を継続しようと思っているけど、可処分時間だけで学ぶのはなかなかしんどい。
自己認識
働く会社・同僚など、環境を変えたことで自分自身について理解が進んだ面もある。
前の会社で異動の度に新しい分野を覚えて要求に応えてきた反面、「好きなこと・やりたいこと」が分からなくなっていた。淡々とこなしてそれなりの成果は出せるのだが、自分が熱中できる仕事が何なのか分からない。
自分なりのオリジナリティを発揮したい欲求はあるものの、その気持ちをぶつけられる仕事とは具体的に何なのかあまり深く考えたことがなかった。
新しい職場で、上長から来た球を機械的に打ち返したら、それがオイラの「やりたいこと」と認識されて戸惑った。与えられた条件で1番価値が高まりそうなプランを導いて返しただけだったのに。
逆に考えると、他の人は「やりたいこと」ありきで論理武装したアウトプットを出しているのだろうか。
オイラのやりたいこと。本当は映像作家のような活動をしたいけど、それは会社の業務としてできることだろうか。
資産運用
前の会社から出た退職金を利用して、少し米国株式を購入してみた。まだ1度も触れたことがなかった仮想通貨も少し。
お金をただ銀行に預けておくよりはマシな気がして、積立の投資信託も始めてみた。とりあえずマイナスにはなっていないので続ける価値はありそう。
労働が嫌いだとハッキリ自覚したのもあって、労働以外の収入源を色々模索したいところ。不労所得に憧れる。
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アウトプット
今年は仕事で新しく学ばなければならないことが多かったのもあり、趣味で勉強記事を全く書けなかった。
模型もCGも、今年1年で完成させたものは何も無い。
今年手を着け始めたキットで塗装の段階まで進んだのは2つだけ。
それらも途中で止まっているけど、手を着けたキットのほとんどは仮組み止まり。作り散らかしているだけで、収束させることができなかった。
昨年から引き続き作り続けているアヴァン・ガメラもまだ完成していない。
今年になって衝動的に作り始めたアマビエはもう勢いが途絶えて放置している。
同じく今年衝動的に作り始めたGMKゴジラはまあ、目標がハッキリしているから持続しそうではある。
初動の衝動と、完成まで持っていく根気と持久力は別のスキルだと実感した。
会社員になって鍛えられたのは完成まで持っていく持続性のスキルだろうな。後天的に身に着けたものだから、気持ちが弱っている時にはまるで発揮できない。収束させるのが元来苦手。現実的に考えて取捨選択するのは頭を使うからな。
逆に言うと、会社員になってから衝動性は抑えられるようになったんだな。これは着手したことを完了させるための「計画性」とも言える。
連想して要素をどんどん足し算してしまう思考と、収束して着地させるために要素を引き算していく思考。現実はリソースが有限だから、何が1番重要なのか問うようになった。
2021年の各振り返り記事を振り返る
コロナ禍になってから、毎月の振り返り記事が感染状況による生活の変化の記録という側面も持つようになった。
毎月1番ボリュームを割いていたのは仕事に関する気づきや愚痴だ。読み返してみると、転職して新しい職場に入ってから徐々にストレスを感じ始めていくのが分かる(笑)
自分のストレスについて言語化しておくと、いざという時に人にも相談しやすいので継続していきたいけど、ストレスと向き合う時間が長過ぎると気持ちを回復させるための「息抜き」の時間が取れなくなってしまうので難しいところ。
昨年もそうだったが、ストレスに対処するために振り返り記事が長くなってしまい、なかなか書き上がらなくなっている。1月分の振り返り記事をまとめるのに時間を使い過ぎていて、頭でっかちなだけで行動が疎かになっている気もする。ストレスとはつまり「嫌なこと」なわけで、ストレスを言語化するためにずっと頭を「嫌なこと」でいっぱいにしているのストレスだ。
来年は1記事をせいぜい5000字程度に抑えて切り上げるようにしないと。自由に使える時間は年々減っているわけだし。
2022年の抱負
過去何度も、何か1年の抱負めいたものを掲げてきたけど、全然達成できていない。今の自分に対して目標が高過ぎるか、漠然とし過ぎていて着手できていない気がする。
作家活動を始めたいとか言っておきならが、結局何もアウトプットしなかった。もっと小さく、具体的なアウトプット目標を立てておいた方が良いだろうか。
来年は、仕事上で感じたイメージ・抽象的な概念をイラストにしてnoteに投稿したい。できれば月1回ぐらいのペースで、コミックエッセイみたいな感じのものを。
と言っても絵を描くのは下手なので、CG素材を並べたオモ写みたいな感覚で絵日記に近いもの。
オリジナルの素体CGぐらい作っておきたいな。
下書き的に、イメージをiPadで殴り描きしたものは何枚かある。「下書き」ばかり増やしている。性格的に凝り性なので、やたらと段階を踏んでしまうのだ。毎年言っているけど、アウトプットの心理的ハードルをもっと下げたい。「撮って出し」ぐらいのハードルの低さで軽率なアウトプットに慣れることが来年の目標かな。
仕事での目標は、外に公開できる実績を作ること。生活での目標は、運動習慣を取り戻すこと。
これらの3つが来年の目標↓
- 個人で作家活動を始める
- 仕事で外部に公開できる実績を作る
- 運動習慣を取り戻す
あと、できれば機械学習の勉強を継続してブログ記事を書く。。。
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